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2025/01/19

ほっとひと息​​『金銀は我にないが…』

 
 新年にお年玉を贈るのは、中国文化の影響を受けた東アジア世界独自の風習のようです。そのため西洋では「お年玉」ということばを単純には訳すことができません。英語では“New Year’s gift”(新年の贈り物)などと訳されたりもするようですが、この言葉ではお年玉のイメージをもつことはなかなか難しいでしょう。お年玉は、贈り物は贈り物でも、現金という形の贈り物なのです。
お金があれば自分のほしいものを買うことができます。お金をもらって嬉しくない人、お金を邪魔だと感じる人はいないのではないでしょうか。しかし、考えてみると普段プレゼントとして現金を誰かに贈るということはあまりありません。お金には強い力がありますが、それゆえに人に贈る時には気を遣うものなのです。めったにない現金の贈り物、だからこそ子どもたちはお年玉を受け取る時にあれほど興奮した様子を見せるのかもしれません。
 一つの聖書の記事を紹介しましょう。かつて、生まれつき足の不自由な人がいました。彼は毎日同じ場所に座って物乞いをしていましたが、ある日そこに使徒ペテロとヨハネが通りがかりました。施しを求める彼に、ペテロは「私たちを見なさい」と言いました。彼はきっと何かもらえるのだろうと期待して、ペテロとヨハネに目を注ぎました。お年玉を受け取る子どものような熱い視線、その視線の先にいた使徒ペテロはこう言いました。「金銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」ペテロが彼の右手を取って立たせると、どうなったでしょうか。聖書はこう続きます。『するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、躍り上がって立ち、歩き出した。そして、歩いたり飛び跳ねたりしながら、神を賛美しつつ二人と一緒に宮に入って行った。』使徒ペテロを通してイエスを知った時、彼はお金以上の贈り物を受け取ったのです。期待以上のものを私たちに与えてくださる神様を、今日私たちも見上げたいと願います。
 


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